« C-2,C-3戦10月(ビリヤード日誌160) | トップページ | うーん・・・・ »

2007年10月31日 (水曜日)

ええっと・・・・(ビリヤード日誌161)

自分の感情の発露について他の人のそれと比較するのも、その仕組みを探るのも、人と議論するのもいささか飽き飽きしていますが、やらないと先に進めない気がするので、できるだけ手短に・・・。
 
 
 
 
 

自分が不愉快なのは、「自分はできるはずと思っていることが出来ないから」ということに尽きます。
まあ、試合で「出来ない」と往々にして負けるので、傍からみると「勝負に拘っている」と思われても仕方ないです。

不愉快というかパニック状態なのかも知れません。純粋に、思い描いたビジョンと異なる事態の原因がわからない状態です。だから口をついて出る言葉は「なんで出来ないんだろう」。別に自分を責めているわけではないです。(信じてもらえないかもしれませんが)

「知らないのだから出来なくてあたりまえ」
こりゃわからんわさっぱり、って事柄なら、素直にそう思います。(信じてもらえないかもしれませんが)

「前に教えてもらったのに出来ない」
このあたりから微妙です。

ある事象をうまくやりおおせるために必要な要素が、実は、自分が知っているあるいは身についていること以外にもたくさんあるのだ、ということがわかっていない、ということに、やっとこさですが気がついてきました。
簡単に言うと『わかったつもり、やってるつもりになっている』のだとおもいます。そして「出来る」と思ってやっているので、事前に質問のしようがありません。

「出来る」自分でありたいと思っているのかもしれません。ただの見栄っ張りなのかもしれません。「出来ない」自分を知られるのが「イヤ」、というか「怖い」のだろうとおもいます。
出来る人からこんな様子をみると「わかりもしねぇやりもしねぇくせに一人前ぶりやがってバカが」ってな状態です。

自分が知らないこと、出来ないことがなんなのかを正しく認識しないと、感情面はもちろん技術面でも”キケンが危ない”気がします。



さて、昨日は小林で、
 ・的球固定で、撞点の高さを変えたら手球はどこに行くのか、半タップ刻みの変化で試す
 ・的球固定・撞点固定で、フリの角度を変えたら手球はどこにいくのか、半個単位の変化で試す
 ・的球固定のまま、出したいところへ出す撞点・フリを探してみる
というのを2時間ぐらいやりました。
手球の撞点に関しては細かい撞点の撞き分け、という意識がなかったこと、手球の動き(クッションへ入る位置、手球の向かう方向、スピード、到達点など)がわかっていなかったことから、”意識に刷り込んでみよう”と思ってやりました。
同じ撞点をついているつもりなのに、違ったところへ出る場面が多々あり、同じとこへ出せるように何度も撞いたりしていました。
この程度の時間では「わからない(再現できる自信がない)」ですが、身体や目がおぼえるように、またやってみたいと思います。ぶっ続けで夢中でやったので、終えたあと、しばらく頭がぼーっとしていました。

そのままCPで、ビール1杯。こんどは頭がクラクラしてきました。
その後、Mr.ミステリアスとJPA。
「的球レール付近」の手球の動きが「わかっていない」ことが判明。まわそうと無造作に「下」を撞いている自分。

もうひとつ、コーナー傍の「的球長レール際」で、手前に戻したくて逆ひねりでスクラッチ。上も入っているから、サヨナラ決定、順でひねって短クッションに入れるのが、返りのスクラッチも回避し吉と。
家に帰って風呂に入っているとき、JPAサマーセッションプレーオフのダイゾー戦で、息の根が止まった6番サイドスクラッチが、これと同じレール際、同じ狙い、ほぼ同じ撞点、そして同じ顛末だったことに気がつきました。あの時の答えは、「もっとひねる」だったが・・・。ビリヤードは、深いです。
 

|
|

« C-2,C-3戦10月(ビリヤード日誌160) | トップページ | うーん・・・・ »

ビリヤード」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/33918/16933306

この記事へのトラックバック一覧です: ええっと・・・・(ビリヤード日誌161):

« C-2,C-3戦10月(ビリヤード日誌160) | トップページ | うーん・・・・ »